民事訴訟法 自白の撤回の要件・・・もう一度確認 (司法書士試験・民訴択一,認定考査)
投稿日:2017年4月17日 更新日:
自 白 の 撤 回 の 要 件
目次
はじめに
今回は自白の撤回について,お話ししていきたいと思います。
自白の撤回の要件は,司法書士試験,認定考査において大切です。
自白の撤回の要件
1 相手方の同意がある場合
2 刑事上罰すべき他人の行為(相手方を含む)により,自白するに至ったとき
3 反真実,かつ錯誤がある場合
相手方は,他方当事者の訴訟行為を前提にして,その上に自身の立証活動,訴訟行為を積み重ねていきます。後になって「それは,なかったことにして下さい。」と言われても,
不当に相手方の信頼を裏切るものとして,訴訟上の信義則からも,許されるものではありません。
また,自己に不利な事実を敢えて陳述していることから,それは,真実に合致する蓋然性も高いと言えます。
そのため,自白を撤回するのに特別の要件が課されているのです。
貸金返還請求訴訟を例にとって考えてみましょう。
1 相手方の同意がある場合
訴訟において原告が,確かに借金を返して貰ったといって,被告の借金の弁済の事実を認めたとしましょう。
そのため,被告はつい気を抜いて領収書を処分してしまった。
それなのにその後になって,原告から「やはり借金を返してもらっていない。だから返済の事実を撤回します。」と言われたら,被告としては困ります。
原告の言葉を信頼して気が緩んでいたものだから,何気に領収書を他の郵便物と一緒にシュレッダーにかけて処分してしまったということもあるわけです。この場合,被告は,証拠の散逸,逸失の状態となっています。
これを考えると,原告による自白の撤回には,被告の同意を要するとしないと,被告にとってとても不公平な結果となります。
そこで,相手方の同意がある場合が,自白の撤回の要件となっているのです。
この場合,原告の自白の撤回を認めても,原告の自白によって,本来利益を受けるはずであった被告自身が,それでいいと言っているのですから,それ以上に,被告本人を保護する必要はありません。
そのため,被告の同意がある場合,原告の自白の撤回を認めてあげているのです。
2 刑事上罰すべき他人(相手方を含む)の行為により,自白するに至ったとき
原告が,「あんた! 私からお金借りたことに違いはないだろう。」と言って,こわめのお兄さんと二人して睨みきかし,訴訟外で被告を威圧したとします,
気の強くない被告なら「いやぁ借りた覚えはないですけれど・・・。借りましたかね・・・。いやぁ,はい,借りました。」なんて,心にもないことを言わないとも限りません。そして,その影響下で,口頭弁論でも自白するとも限りません。
そこで,刑事上罰すべき他人(相手方を含む)の行為によって,自白した者は,自白を撤回できるとしました。
この場合,原告は刑事裁判で,脅迫罪だとか恐喝罪だとかの有罪の確定判決を下されている必要はありません。
被告が,かかる原告の卑劣な行為を,民事裁判で主張,立証すればよいのです。
これを「再審事由の訴訟内顧慮」といいます(再審に関する民訴法338条1項5号,2項参照)。
3 反真実かつ錯誤がある場合
先述のように,自己に不利な事実を敢えて陳述していることから,それは,真実に合致している蓋然性が高いとして,自白の撤回に特別の要件が課されているわけです。
そうであれば,真実に反している場合に,自白の撤回を認めてあげてもいいことになります。
そこで,錯誤,反真実が認められるなら,自白の撤回を認めてあげましょう,ということになりました。
ただ,錯誤の立証は,自白者の内心の問題でもあるわけです。その立証は困難です。
その結果,「真実に反することの証明があった場合には,自白は錯誤によるものと認める。」としたのが判例です。
学説には,「反真実の証明があるならば,錯誤を推定する。」としているものもあります。
両者同じことをいっているのでしょう。
以上が,自白の撤回の要件です。
ただ,ここで注意しておきたいのは,自白の撤回の前提としての自白の拘束力です。
自白の拘束力という場合のその自白とは,一体何の自白について言っているのかです。
それは,主要事実です。
弁論主義の三つのテーゼ
(主張責任)
(自白の作用➡不可撤回効・審判排除効)
(職権証拠調べの禁止)
が当て嵌まる主要事実です。
この主要事実に関して,自白の拘束力(不可撤回効・審判排除効)が生じているのです。
そこでこの拘束力の生じている主要事実の自白についての撤回の要件が,ここで論ぜられているのです。
これを金銭消費貸借についてみてみます。
択一でよく問題となる金銭消費貸借契約の「成立」の主要事実は(*注1)
① 金銭の返還合意(返還約束)
と
② 金銭の交付(要物性)
です。
この事実に,自白の拘束力が生じています。
この主要事実である①金銭の返還合意と②金銭の交付,これらすべての事実でもいいですし,片一方の事実でもいいです。
これら主要事実について,自白の撤回が問題となっているのです。
もう一度確認してみてください。
ただ,撤回することができるといっても、いつまででもできるわけではありません。
ものには限度というものがあります。
訴訟遅延の原因を作ってもらっては困るわけです。
そのため民訴法157条1項には,こう書いてあります。
「当事者が故意又は重大な過失により時期に遅れて提出した攻撃防御の方法については,これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは,裁判所は,申立てにより又職権で,却下の決定をすることができる。」
ですから,訴訟遅延とならぬよう,適時に,自白の撤回を行わなければなりません。そうでなければ,却下の憂き目にあうこともあります。
ところで,間接事実や補助事実は,弁論主義(第1テーゼ・第2テーゼ)の適用対象にはなりません。判例,通説は,間接事実や補助事実については,自白の拘束力を認めていません。
そうすると,ここでまた問題です。
補助事実に自白の拘束力が認められないというのであるならば,文書の成立の真正も補助事実です。
よって,被告が金銭消費貸借証書の文書の成立の真正を認めても,これには自白の拘束力が及びません。
したがって,自白の撤回の要件である
1 相手方の同意がある場合
2 刑事上罰すべき他人の行為(相手方を含む)により,自白するに至ったとき
3 反真実,かつ錯誤がある場合
これらいずれの要件にも該当していなくても,文書の成立の真正を一旦認めた被告は,後になってこれを撤回することができるのです。 以 上
[以下、処分証書に関する認否・立証・反証・裁判所の判断等について、余論として述べさせていただきます。]
なお,補助事実は,本来立証責任(客観的証明責任)を観念しないものですけれど,民訴法228条1項には,「文書は,その成立が真正であることを証明しなければならない。」と規定し,敢えて「証明しなければならい。」と明言しております。
ですので,原告には文書の成立の真正に関する証明責任の適用があります。
文書の成立の真正に関する事実は補助事実ですけれども,証明責任(客観的証明責任)が原告に課されているわけです。
そこで,被告が,文書の成立の真正を否認しても,文書の成立の真正の立証責任は,原告にあるままで,被告には立証責任が転換されないという例のあの論点に辿り着くわけです。
これを先の貸金返還請求訴訟の例で考えてみますと,以下のようになります。
貸金返還請求訴訟において,お金を返せと請求する立場の原告には,借用証書の文書の成立の真正について,証明責任があります。原告に立証責任があります。
これに対して,被告には,文書成立の「不」真正についての立証責任はありません。
ごくごく簡単に言いますと
「私は,この借用書を知らない。息子が勝手に私の印鑑を冒用して,私の名前を書いただけです。この文書は偽造です。」と被告が否認したとします。
➡ところで、なんでこんなにくどくどと、文書の成立を否認するのに理由を言わなければならないのでしょうか!?
それは、民事訴訟法規則145条が「文書の成立を否認するときは、その理由を明らかにしなければならない。」と規定しているからです。
そうなりますと,原告には,「その借用書は偽造ではありませんよ。本物ですよ。」と証明する責任が生じてきます。裁判官に「本物」であることを「確信」させる立証責任が生じてきます。そこで、民事訴訟法228条4項の「二段の推定」の出番となるわけです。
成立に争いのある私文書に本人の印章による印影が存在する場合には,その印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定され,ひいては当該私文書が真正に成立したものと推定される。(司法試験予備試験 短答式 平成30年度 第40問肢4)
一方、被告は裁判官に偽造であることを「確信」させるまでの立証をする必要はありません。
厳密には「反証」そのものではありませんが、しかし、文書の成立の真正につき、裁判官に確信を抱かせないようにする程度の反証活動すれば、それで足ります。
被告は,借用書について、裁判官に偽造の「疑い」「懸念」を生じさせれば、それで十分なのです。
以上は、被告が借用証書につき、文書が真正に成立したことを否認した場合ですが、勿論、文書の成立の真正を認める(争わない)場合もあるわけです。
その場合には
文書の成立についての自白は裁判所を拘束するものではないが,私文書の成立について当事者間に争いがない場合には,裁判所は,証拠に基づかなくても,当該私文書が真正に成立したものと認めることができる。(司法試験予備試験 短答式 平成30年度 第40問肢1)
ということになります。
また、逆に被告が借用証書につき、文書の成立の真正を認める(争わない)場合においても、それでもなお裁判所は、借用証書が偽造であることを認定できます。
文書の成立についての自白は裁判所を拘束するものではないからです。
その場合には
消費貸借契約に基づく貸金返還請求訴訟において,原告が借用証書を書証として提出し,被告が当該借用証書が真正に成立したことを認める陳述をした場合においても、裁判所は,当該借用証書が真正に成立しなかったものと判断することができる。
ということになります。
これには、司法試験予備試験 短答式 平成29年度 第38問において、誤りの肢として出題された肢1を、「正しい肢に書き換える」ことで参考に供することができます。
(誤りの肢)
1.売買契約に基づく代金請求訴訟において,原告が売買契約書を書証として提出し,被告が当該売買契約書が真正に成立したことを認める陳述をした場合には,裁判所は,当該売買契約書が真正に成立しなかったものと判断することができない。
これを「正しい」肢に書き換えますと、以下のようになります。
すなわち、
1.売買契約に基づく代金請求訴訟において,原告が売買契約書を書証として提出し,被告が当該売買契約書が真正に成立したことを認める陳述をした場合にはにおいても,裁判所は,当該売買契約書が真正に成立しなかったものと判断することができないできる。
ということになります。
今回は自白の撤回の要件について,お話しさせていただきました。 以 上
(*注1)「貸借型理論」によるのであれば、以下が要件事実である。
① 金銭の返還合意(返還約束)
② 金銭の交付(要物性)
③ 金銭の弁済期の合意
④ 弁済期の到来
[参考文献]
民事訴訟法講義案 (三訂版) 裁判所職員総合研修所 監修 司法協会
民事訴訟法 [第7版] 上田徹一郎 著 法学書院
など
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執筆者:略して鬼トラ
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