私見含みの!? 学説整理・国会議員の不逮捕特権その3 憲法
投稿日:2017年5月27日 更新日:
憲法・その3・国会議員の不逮捕特権
(司法試験向き)
不逮捕特権については,議論自体は簡明なので勉強すれば記憶に残り易いと思います。
比較的時間の余裕のある方は,一度サラッと流しておくと良いかもしれません。
深堀の必要性はないと思います。
時間に余裕のない方は,このブログ記事は無視してください。
貴重な時間ですから。
不逮捕特権の目的については,大きく分けると三つの説があります。
この説を平たく言えば,不当逮捕(政治的動機・政略的動機)から議員の身体の自由を保障する説と言ってもいいでしょう。[議員]に焦点を当てて考える説です。
この「議院の活動確保説」は,以下のような理由をその立論の基礎とするものと思われます。
憲法第50条 後段は「両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。」と規定しています。
すなわち,「会期中逮捕されず」,かつ「会期中これ(議員)を釈放しなければならない」と規定しており,「会期中」に限って,この限りにおいて,憲法は議員の身柄の自由を認めているのです。
このような「会期中」という議員の身柄自由の期間限定文言からすれば,憲法は「会期中」を重視していると言えます。これは,「会期中」に議院の審議が行われるためです。ですから,議院での審議権確保に憲法は不逮捕特権保障目的の焦点を当てていると理解するのが合理的なのです。(後掲 憲法学読本p285参照)
すなわち,不逮捕特権の目的を議院の審議権確保に求めて初めて,かかる「会期中」という憲法第50条後段の身柄自由期間限定文言が効果的に生きてくるのです。この文言と不逮捕特権保障目的との間のよりよい整合性が保たれてくるのです。
このように会期中に限っての議員の身柄の自由を重く見れば,不逮捕特権保障目的を議院の審議権確保とする見解(議院の活動確保説)に落ち着くのが合理的なのです。
ごく大雑把にこの折衷説を言うと,不逮捕特権保障目的について,「議員の身体的自由保障説」と「議院の活動確保説」とを合体させた説と言えます。
「議員の身体的自由保障説」と「議院の活動確保説」の両説は,相互に排斥する関係には立たないことをその理由とします。
この折衷説は,「議員の身体的自由保障説」イコール手段と捉え,「議院の活動確保説」イコール目的と捉えるのです(後掲 憲法判例百選Ⅱ第六版p373参照)。
この折衷説は,行政権・司法権の逮捕権濫用に対して議員の職務遂行の自由を保障し,もって議院の自主性(議院の審議権・正常な活動)を確保することに不逮捕特権の保障目的を求める見解(後掲 野中ほか憲法Ⅱ103参照)と同じことを言っているものと思われます。
→(後掲 憲法判例百選Ⅱ第六版p372・373,判例プラクティス憲法増補版p347参照)
不逮捕特権の沿革からすると,この説が妥当となります(後掲 注解 法律学全集3 憲法Ⅲp93参照)。
不逮捕特権の沿革
→ イギリス議会制の歴史において,国王君主による議員の不当拘束が行われたことに対して,これを避ける趣旨で議員の不逮捕特権が認められるようになった。
(後掲 憲法学読本p284参照)
→ 議会制発達史の中で,君主権力の妨害から議員の職務遂行の自由を守る制度として,不逮捕特権は重要な役割を担ってきた。
(後掲 注解 法律学全集3 憲法Ⅲp90参照)
「議員の身体的自由保障説」 → 「逮捕正当性基準説」
→ 逮捕正当性基準説に対しては,議院に果たして本当に逮捕の適法性・正当性についての判断能力があるのか。逮捕の適法性・正当性の判断は,そもそも裁判官の判断によるべきではないのか,といった疑問があります。(逮捕の理由と必要性について,専門家ではない議院の判断によることができるのか,このような疑問が生じてきます。)
憲法第33条は,「何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。」と規定しているからです。
「議院の活動確保説」 → 「審議基準説」
(後掲 憲法判例百選Ⅱ第六版p372・373,判例プラクティス憲法増補版p347参照)
「議員の身体的自由保障説」→「逮捕正当性基準説」→「期限付逮捕許諾の否定」という一連の見解の流れが考えられます。
→ 不逮捕特権保障目的の「議員の身体的自由保障説」からは,逮捕が適法・正当であり,逮捕権の濫用が認められない以上,審議における支障の有無にかかわらず,当該議員の逮捕を無条件に認めることができると考えられるからです。⇐ ( 但し,この論理の流れは必然の関係に立ちません。後掲 注解法律学全集3 憲法Ⅲp93は,「不当に長くなることが想定される自由の拘束に対して,期限をつけることは考えられうる」としています。)
「議員の身体的自由保障説」の本質たる,排除すべき逮捕権濫用の事実が認められない以上,逮捕請求拒否の根拠が見出せないからです。
「議院の活動確保説」→「審議基準説」→「期限付逮捕許諾の肯定」という見解の流れが考えられます。
→不逮捕特権保障の目的を議院の審議権確保に求める「議院の活動確保説」からは,逮捕請求された議員において,審議に加わることの重要性・必要性が認められるのであれば,逮捕の適法性・正当性の有無にかかわらず,議院は所属議員に対する逮捕請求を拒めると考えることができるからです。
⇐ 但し,この論理の流れは必然の関係に立ちません(後掲 注解法律学全集3 憲法Ⅲp93 -94参照)。
以上見てきたことから分かることは,
不逮捕特権の目的と逮捕許諾の判断基準,それに期限付逮捕許諾の可否との一連の関連性については,下記の関連図式のような一応の論理の流れを考えることができます(後掲,佐藤憲法第3版p203-203 日本国憲法論p471参照)。( 但し,あくまでも一応の論理の流れを考えることができるのであって,論理必然の関係に立ちません。)
「議員の身体的自由保障説」→「逮捕正当性基準説」→「期限付逮捕許諾の否定」
あるいは,
「議院の活動確保説」→「審議基準説」→「期限付逮捕許諾の肯定」
しかし,かかる関連図式は必ずしも精確な対応関係に立つわけではありません(後掲 判例プラクティス憲法増補版p347参照)。
その例外があります。
これを具体的に見ていきましょう。
不逮捕特権の保障目的を「議員の身体的自由保障説」(第Ⅰ説)とし,逮捕許諾の判断基準を「逮捕正当性基準説」に求める見解によっても,期限付逮捕許諾については,逮捕請求を全面的に拒否できる以上,期限付逮捕許諾を肯定することができるとする見解があります。
この見解は,全面的逮捕許諾ができる以上,部分的逮捕許諾もできると考えるのでしょう。
あるいは,全面的に逮捕許諾を拒める以上,部分的に逮捕請求を拒むこともできると考えるのでしょう。
ごく簡単に言ってしまえば,かかる期限付逮捕許諾の肯定説は,「大は小を兼ねる」的な論理を以て,期限付逮捕許諾を憲法上適法と認めるものと言えます。
しかし,この見解に対しては,二つの反論が考えられます。
まず,一つ目の反論です。
逮捕の目的を「議員の身体的自由保障説」(第Ⅰ説)に求め,逮捕許諾の判断基準を「逮捕正当性基準説」に求める見解によれば,期限付逮捕許諾については,これを否定し,無条件の逮捕許諾を行うのが論理的であるとの反論です。
なぜなら,「議員の身体的自由保障説」(第Ⅰ説)によれば,不逮捕特権の保障目的の本質は逮捕権の濫用排除にあるのですから,逮捕の適法性・正当性が認められる以上は,ここに逮捕権濫用の事実が看取できず,もはや逮捕許諾を拒む理由が見出せないからです。
すなわち,逮捕の適法性・正当性が認められ逮捕権濫用事実が看取できない以上,議院は部分的な逮捕許諾の拒否にも相当する期限付逮捕許諾を行う合理性・必要性がなく,したがって逮捕請求に対しては無条件・全面的に逮捕許諾を与えなければならないと考えられるからです。
次に,二つ目の反論です。
期限付逮捕許諾は,逮捕の許諾と同時に期限経過後の議員釈放要求を含む許諾と考えられます。
しかし,憲法第50条後段は「会期前に逮捕された議員は,その議院の要求があれば,会期中これを釈放しなければならない。」と規定するのみで,会期中に逮捕された議員の釈放要求についてはこれを認めていません。
したがって,期限経過後の議員釈放要求を含む期限付逮捕許諾については,憲法はこれを認めていないとの反論が考えられます。(後掲 憲法判例百選Ⅱ第四版p373参照)
逮捕許諾基準について,「審議基準説」を採用しながら,逮捕許諾を検察・捜査機関の逮捕権に対する「阻止する権限」と解して,期限付逮捕許諾を否定する見解があります。(後掲 憲法判例百選Ⅱ第6版p373参照)
ここでもう一度繰り返します。
不逮捕特権の目的と逮捕許諾の判断基準,それに期限付逮捕許諾の可否とのこの一連の関連性については,下記の関連図式のような一応の論理の流れを考えることができます(後掲,佐藤先生憲法第3版p202・203参照 )。( 但し,あくまでも一応の論理の流れを考えることができるのであって,論理必然の関係に立ちません。)
「議員の身体的自由保障説」→「逮捕正当性基準説」→「期限付逮捕許諾の否定」
あるいは,
「議院の活動確保説」→「審議基準説」→「期限付逮捕許諾の肯定」
しかし,かかる関連図式は必ずしも精確な対応関係に立つわけではありません(後掲 判例プラクティス憲法増補版p347参照)。
その例外があります。
以上で,関連図式及びその例外に関する話を終わります。
逮捕許諾の判断基準につき,議員の逮捕が議院の審議の妨げになるかどうかについて求める見解(審議基準説)をとって,これを可能とする見解があります。
この見解によれば,国政審議の重要性が認められる場合であれば,議院の審議の確保,議院の自主性に重点をおいて,期限付逮捕許諾を認めることができます。
→ どうして,逮捕の許諾基準を「審議基準説」にするかというと,逮捕の適法性・正当性についての議院の適正な調査能力・法技術的な判断能力に疑問があるからです(後掲 佐藤憲法p202-203,日本国憲法論p471参照)。
すなわち,議院の調査能力・判断能力を消極的に評価するからです。
<期限付逮捕許諾のケース>
不逮捕特権の目的 逮捕許諾の判断基準
「議員の身体的自由保障説」
プラス → 「審議基準説」
「議院の活動確保説」
また,第Ⅲ説・折衷説に立脚して,逮捕許諾の判断基準につき,「逮捕正当性基準説」及び「審議基準説」の両基準を採用した上,所属議員逮捕の適法性・正当性と所属議員出席の上での議院審議・運営の必要性とを比較衡量し,後者が前者に優位する場合,議院審議・運営の必要性の限度において所属議員逮捕の許諾に期限を付しうるとする見解もあります。(後掲 憲法判例百選Ⅱ [第6版]p373参照 )
←しかし,これに対しては,逮捕の適法性・正当性についての議院の適正な調査能力・法技術的な判断能力につき疑問がまた生じてきます。(後掲 憲法判例百選Ⅱ [第6版]p373参照 )
⇐いままで期限付逮捕許諾について議論してきましたが,条件付逮捕許諾についても,期限付逮捕許諾と同様の議論がほとんどそのまま当て嵌まると思います。
国会議員の不逮捕特権については,次の関連図式(あくまでも一応の論理の流れを考えることができるのであって,論理必然の関係に立ちません。)を理解しておけば最低限の守りを保てるでしょう(択一問題)。
<関連図式>
不逮捕特権保障の目的 逮捕許諾の判断基準 期限付許諾の可否
「議員の身体的自由保障説」→「逮捕正当性基準説」→「期限付逮捕許諾の否定」
「議院の活動確保説」 →「審議基準説」 →「期限付逮捕許諾の肯定」
憲法第五十条 両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。
国会法第三十三条 各議院の議員は、院外における現行犯罪の場合を除いては、会期中その院の許諾がなければ逮捕されない。
不逮捕特権に関する文章を読む上で,注意を要することが一つあります。
『議員』と〖議院〗の言葉の使い分けです。
当該文章は,一体『議員』の主観的地位(議員の身体の自由イコール議員個々人の職務活動の自由)を問題としているのか,それとも〖議院〗の自主組織権(議院の審議権・組織活動力の保全)を問題としているのかです。
(憲法判例百選Ⅱ [第6版] p373参照)
たった「員」と「院」の一文字の違いですけれども,この違いは大きいです。
文献を読むとき,注意された方がよいかと思います。
[参考文献]
憲法 第6版 芦部信喜 著 高橋和之 補訂 岩波書店
日本国憲法論 佐藤幸治 著 成文堂
憲法 [第3版] 佐藤幸治 著 青林書院
注解法律学全集3 憲法Ⅲ 樋口陽一 佐藤幸治 中村睦男 浦部法穂 著 青林書院
憲法Ⅱ 第5版 野中俊彦 中村睦男 高橋和之 高見勝利 著 有斐閣
憲法判例百選Ⅱ [第4版] 芦部信喜・高橋和之・長谷部恭男 編 有斐閣
憲法判例百選Ⅱ [第6版] 長谷部恭男・石川健治・宍戸常寿 編 有斐閣
判例プラクティス憲法 増補版 憲法判例研究会 編 信山社
憲法Ⅰ 総論・統治 第2版 毛利透・小泉良幸・浅野博宣・松本哲治 著 有斐閣
憲法学読本 第2版 安西文雄 巻美矢紀 宍戸常寿 著 有斐閣
など
学説及び判例あるいは判決事例の解読・理解・説明には,非常に微妙な点が多数現出します。
説明の過程において,どうしても私見となる部分が出てきます。
以上の記述の正誤につきましては,是非ご自身の基本書,テキスト等によりご検証,ご確認ください。 以 上
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執筆者:略して鬼トラ
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